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母をたずねて

エピローグ

 ライラベルへ帰りつき、キャロルは待ち構えていたエルヴィスにしがみついて、わんわん泣いた。
 エルヴィスも、キャロルを締め上げないように、細心の注意をはらいながら抱きしめて、わんわん泣いた。

 家まで送り届けたチャックが、ちょっと困ったという笑顔を浮かべて見ていたけれど、キャロルもエルヴィスも、気にしなかったようだ。
 やっぱり彼は空気らしい。
「確かに二人は、父娘以外の何者でもないね」
 後日チャックが、その日の二人をこう評した。

 その晩は、キャロルは自分からねだって、エルヴィスのベッドに潜り込み、ひさしぶりに一緒に眠った。
 そして翌朝エルヴィスは、不眠不休でまい進中の仕事へと、戻っていった。
 彼が今手がける仕事には、文字通り全ベルーニの命運がかかっている。
 けれどようやく先が見え、まもなく休暇も取れそうだ。
 二人は旅行の計画を立てている。

 キャロルは、テレビの仕事を再開し、ファンレターは山のように届き、いきつけの喫茶店で、チャックにお小言をくらわせている。

 ちなみに、キャロルの自称母親が他にも現れているという話も、産みの母の前の夫が生きているという話も、本当だそうだ。  もっとも大半は、生き別れの娘を探している親たちが、テレビの中のキャロルにその面影を見出して、もしやと問い合わせてくるというものらしい。  そして産みの母の前の夫は、偉くなったキャロルが、ひどい目に合わせた自分に、仕返しをするのではないかと、恐れているという。

「どうしてそれを、私ではなくチャックさんが知ってるんですか!」

 チャックはヘラヘラ笑って、ゴメンと謝るばかりだった。

***

 テレビでギルドの特集をするという。
 キャロルは、その案内役に選ばれて、驚いた。
 ファルガイアのテレビ局は、ジョニー・アップルシードことディーンの直轄の情報局。
 そしてキャロルが登場する番組は、なにげなさを装ってはいるけれど、今後の政治の動きを表している。
 いくらディーンがゴーレム好きでも、趣味だけでそんな企画は通せるとは思えない。いや趣味だとしても、ディーンはゴーレム好きではあるけれど、ギルドが好きなわけではない。

 番組の打ち合わせに集まった顔ぶれを見て、キャロルは自分の考えが正しいことを確信した。
 ペルセフォネはわかる。
 ドキュメンタリーと報道系プロデューサーのデュオグラマトンも、当然だ。
 ドラマ・バラエティ系プロデューサーのナイトバーンが同席しているのも、ナイトバーンの経歴を考えれば当然だろう。
 重要な番組の会議に、ディーンが顔を出すのも、珍しいことではない。
 けれど軍部最高司令官のファリドゥーンが加わっているとなれば、普通とは言いがたい。
 いや、ギルドがそれだけ重要な意味を持つ、ということだ。

 ペルセフォネの、穏やかだが通りのいい声が、会議の始まりを告げ、単刀直入にその番組の意図を紹介する。

「ゴーレムハンターギルドの治安維持組織としての再編が終わり、ジョニー・アップルシードによって承認されました」

 その一言で、キャロルは理解した。
 ギルドのハンターは、もとより犯罪者を狩るバウンティハンターと、ゴーレムという宝物を見つけるトレジャーハンターの、両面を持つ。
 そのバウンティハンターの部分が、治安維持組織として再編されたというわけだ。

「エルヴィス教授の欠席はいつものこと。キャロルがいますし、内容的にも支障はありません」

 つまりこの会議には、3人の四天王が全員召集された、というわけだ。
 そしてペルセフォネは、声のトーンをわずかに変えた。

「けど、チャック・プレストンには見事に逃げられたわ」

 ふたたび元の調子に戻して続ける。

「ギルド代表は、ナイトバーンが代行します」

 父親の名前が出たところで小さくため息をつき、チャックの名前を聞いてそれを飲み込む。
 話の流れからして、まるでチャックが、その重要なギルドの代表としか思えない。
 せっせと再編のために働いていたのは知っていたが、彼はハンターとしては、ほんの駆け出しであるはずだ。

「逃げたって、どこへ? なんで??」

 ラフなマイペースを崩さないディーンの疑問は、同時にキャロルの疑問でもあったけれど、どこへはなんだかわかる気がした。

「荒野のどこかへ。ギルドの看板になるのを嫌がって。そしてゴーレムハントをするために。
 カメラの前でのおバカなカッコつけは、ナイトバーンに委任するそうよ」

 あのモノホイールや、それに積み込まれていたいろいろは、このために準備されたものだったと、気がついた。
 今の今まで、あれはただの趣味であり、ギルドの再建をするといっても、チャックも自分のように、ライラベルに腰を落ち着けるものだと思っていたのだが。

「なんでー。チャックかっこつけるの、好きだと思ったのになぁ。ゴーレム探したいってのは、わかるけどさあ」

「まだ顕著にはなっていませんが、ゴーレムおよびそのパーツの不足は、このままでは今後深刻化します。一人ハンターが増えたところで、どうなるというものでもありません。ゴーレムハントも自由化されましたが、発見されたゴーレムの数は増えてはいませんし」

 運良くゴーレムを見つけたとしても、ニンゲンはそれをメンテナンスする技術を持ってはいない。発見されたものは、結局売り払われる。
 ギルドに冠されたゴーレムという単語は、今や買い取り窓口を表すものでしかない。

「そのことも話し合いたかったのになぁ。なんで何も言わずに、行っちゃうんだろ。でもまあ、チャックもずっと働きづめだったし、戻ってくるまでは休暇扱いにしておいてやってよ」

「すでに休暇中です。なにしろ現在のギルドのシステムは、彼が作りあげたといっても過言ではありませんから」

 そしてペルセフォネは、声のトーンを少し変えた。

「彼、書類上の手続きだけは、申し分なく整えていったわ」

***

 会議が一段落して休憩に入ることには、キャロルは新しいギルドのその意義も、ファリドゥーンがこの会議に出席しなければならなかった意味も理解した。
 旅が自由化されてから、質の悪い渡り鳥の数も増えたし、逃亡犯罪者も旅人たちにまぎれている。
 無断で旅をした、というだけで罪に問えない現状と、これまで治安を護っていたベルーニの軍部の人手不足。
 ベルーニから押し付けられたルールを失った後、各ニンゲン自治体は、それぞれ勝手に、ローカルルールを作り始めているが、身勝手なものもあるらしい。
 各人里に保安官を置き、広域をハンターが巡回する。
 ハンターギルドは、それらをカバーする組織となる。
 共通の基本ルールと、その仕組みを、人々に周知させる必要がある。

 局の紙コップのココアをすすりながら、キャロルはため息をつく。
 どうしてこのココアは、こんなにも味気ないのだろう?

「どうかした? キャロルちゃん」

 デュオグラマトンが、声をかけてくる。

「いえ、私、人よりは、ずっと物知りで、状況把握も上手にやっているつもりだったのですけれど、今回のことで身に染みました。
 ずっと、ギルドはもう無用の組織だって思ってたんです。
 そう思い込んでしまって、目の前にあることも見えなくなって、チャックさんの頑張りも、無駄なことをしているようにしか見えなくて。
 どうしてそんな思い込みをしていたのかと、悔しいというか、情けないというか」

 デュオは、その大きな手をバタバタと振る。

「しかたないわよ。彼って、すっごく掴みにくいんだもの。身近で見てるほど、余計にわからなくなってくるわよね。
 正直彼自身、あまりにもいろいろ自分を作りすぎて、自分自身でも本当の自分が、わからなくなっちゃってるんじゃないかしら?」

 少し離れた席で、書類をめくっていたペルセフォネが、クスリと笑った。

「デュオ。あなたも思い込みで見るクセを、そろそろ治さないとダメよ」

「あら、心外だわ。いつも真実しか求めていないのに」

「真実が、一つしかないというのが、あなたの思い込みよ。
 表と裏に、分けられるとも限らない」

 ペルセフォネは、やはり書類をめくりながら、頭をかかえているディーンに、ちらりと視線を飛ばす。

「表しかいない、なんていうことは滅多にないし……」

 そしてキャロルとデュオに微笑みかける。

「ひどく多面的で、その一つ一つが表とも裏とも、真実とも嘘とも限らないケースもあるわ」

「そういう話は、わからなくはないんだけど」

「ナイトバーンみたいに、表と裏がわかりやすいタイプばっかり見てるからよ」

 そしてペルセフォネは立ち上がり、キャロルに歩み寄って、その耳元で小さく囁いた。
 とたんにキャロルは真っ赤になって、テーブルに両手を突いて立ち上がる。

「そんなんじゃありません!」

「そうかしら」

 ペルセフォネは、席に戻って、再び書類をめくりはじめる。

「ねえ、キャロルちゃん、なんて言われたの?」

 興味深々のデュオを、ペルセフォネが顔も上げずに制止する。

「デュオは、少し考えてごらんなさい。キャロルも、急いで教えなくていいし、デュオがしつこければ、適当な嘘でも教えればいいわ」

「はい」

 デュオグラマトンは、手に入らぬ真実に、身もだえしている。
 こうなってしまっては、たとえキャロルが何と答えようと、デュオには真実とも嘘とも判別のつけようがないからだ。

「恋は盲目」

 大人の女の吐息とともに耳をくすぐったのは、そんな短い言葉だった。


あとがき


 今更ですが、ED後半年ぐらいの話のツモリです。
 ディーンをトップにした新政府ができたものの、まだバタバタしています。
 けれどやっと、そのバタバタの山を越えたな、という先が見えてきて、やっと一息ついた感じです。
 ディーンはカポブロンコ在住の上、テレポートオーブで世界各地を回っています。
 旧四天王の三人はディーンの直属へと引き継がれ、「療養中」のアヴリルが4人目としてまもなく加わる予定。
 レベッカは、ライラベルに引っ越してきて、俳優として躍進中。テレポートオーブを持っているディーンに相乗りして、カポブロンコへも頻繁に戻り、アヴリルとも仲良くしています。
 グレッグはゴウノン住まいで、地元の平和を守りつつお酒作りにも復帰しています。

 チャックは、ベルーニの下位組織から政府の下位組織になったギルドで、こっそりマスターしています。
 つまり立場的にはディーンの部下で、知名度が低くて、自由度が高くて、空気なので、ディーンが直接動きづらい渡り鳥的な仕事を引き受けたり、そのための人の手配もしています。もともとハンターは公認された渡り鳥(悪く言えば政府の犬)ですし、そしてチャックはその元締めであり、個人的には四天王に入らないイレギュラー的役割に収まりつつあります。
 またチャックの自由度を確保するため、ギルドの表向きの顔に、ナイトバーンを正式に起用することになりました。

 キャロルは、ごらんのようにテレビの仕事をしつつ、勉学にも励んでいます。
 エルヴィス教授は、ミーディアム増産のお仕事に忙殺されて、なかなか家にも帰ってくることができませんでしたが、こちらも山を越えて、そろそろ他人に任せてよくなってきたのと、やはり心配たまらなかったために、帰宅予定の連絡を受けて、家で待ち構えていました。
 ええ、ミラクルアコーディオンの通話機能でです。
 ちなみに、キャロルは普段通話機能のオート着信機能をオフしています。旅の間は、さらに留守電にして、ずっと確認もしていませんでした。
 ええ、山ほどメッセージが溜まっていましたとも。
 状況を、こっそりチャックが連絡していたことが後でばれて、チャックはまたキャロルに怒られました。

(終)
07/11/14~11/16


キャロル=PALB_3107 は、捏造ですねんのため。ちなみに教授は、『エルヴィス PALB_3106』

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