母をたずねて
エピローグ
ライラベルへ帰りつき、キャロルは待ち構えていたエルヴィスにしがみついて、わんわん泣いた。
エルヴィスも、キャロルを締め上げないように、細心の注意をはらいながら抱きしめて、わんわん泣いた。
家まで送り届けたチャックが、ちょっと困ったという笑顔を浮かべて見ていたけれど、キャロルもエルヴィスも、気にしなかったようだ。
やっぱり彼は空気らしい。
「確かに二人は、父娘以外の何者でもないね」
後日チャックが、その日の二人をこう評した。
その晩は、キャロルは自分からねだって、エルヴィスのベッドに潜り込み、ひさしぶりに一緒に眠った。
そして翌朝エルヴィスは、不眠不休でまい進中の仕事へと、戻っていった。
彼が今手がける仕事には、文字通り全ベルーニの命運がかかっている。
けれどようやく先が見え、まもなく休暇も取れそうだ。
二人は旅行の計画を立てている。
キャロルは、テレビの仕事を再開し、ファンレターは山のように届き、いきつけの喫茶店で、チャックにお小言をくらわせている。
ちなみに、キャロルの自称母親が他にも現れているという話も、産みの母の前の夫が生きているという話も、本当だそうだ。
もっとも大半は、生き別れの娘を探している親たちが、テレビの中のキャロルにその面影を見出して、もしやと問い合わせてくるというものらしい。
そして産みの母の前の夫は、偉くなったキャロルが、ひどい目に合わせた自分に、仕返しをするのではないかと、恐れているという。
「どうしてそれを、私ではなくチャックさんが知ってるんですか!」
チャックはヘラヘラ笑って、ゴメンと謝るばかりだった。
テレビでギルドの特集をするという。
キャロルは、その案内役に選ばれて、驚いた。
ファルガイアのテレビ局は、ジョニー・アップルシードことディーンの直轄の情報局。
そしてキャロルが登場する番組は、なにげなさを装ってはいるけれど、今後の政治の動きを表している。
いくらディーンがゴーレム好きでも、趣味だけでそんな企画は通せるとは思えない。いや趣味だとしても、ディーンはゴーレム好きではあるけれど、ギルドが好きなわけではない。
番組の打ち合わせに集まった顔ぶれを見て、キャロルは自分の考えが正しいことを確信した。
ペルセフォネはわかる。
ドキュメンタリーと報道系プロデューサーのデュオグラマトンも、当然だ。
ドラマ・バラエティ系プロデューサーのナイトバーンが同席しているのも、ナイトバーンの経歴を考えれば当然だろう。
重要な番組の会議に、ディーンが顔を出すのも、珍しいことではない。
けれど軍部最高司令官のファリドゥーンが加わっているとなれば、普通とは言いがたい。
いや、ギルドがそれだけ重要な意味を持つ、ということだ。
ペルセフォネの、穏やかだが通りのいい声が、会議の始まりを告げ、単刀直入にその番組の意図を紹介する。
「ゴーレムハンターギルドの治安維持組織としての再編が終わり、ジョニー・アップルシードによって承認されました」
その一言で、キャロルは理解した。
ギルドのハンターは、もとより犯罪者を狩るバウンティハンターと、ゴーレムという宝物を見つけるトレジャーハンターの、両面を持つ。
そのバウンティハンターの部分が、治安維持組織として再編されたというわけだ。
「エルヴィス教授の欠席はいつものこと。キャロルがいますし、内容的にも支障はありません」
つまりこの会議には、3人の四天王が全員召集された、というわけだ。
そしてペルセフォネは、声のトーンをわずかに変えた。
「けど、チャック・プレストンには見事に逃げられたわ」
ふたたび元の調子に戻して続ける。
「ギルド代表は、ナイトバーンが代行します」
父親の名前が出たところで小さくため息をつき、チャックの名前を聞いてそれを飲み込む。
話の流れからして、まるでチャックが、その重要なギルドの代表としか思えない。
せっせと再編のために働いていたのは知っていたが、彼はハンターとしては、ほんの駆け出しであるはずだ。
「逃げたって、どこへ? なんで??」
ラフなマイペースを崩さないディーンの疑問は、同時にキャロルの疑問でもあったけれど、どこへはなんだかわかる気がした。
「荒野のどこかへ。ギルドの看板になるのを嫌がって。そしてゴーレムハントをするために。
カメラの前でのおバカなカッコつけは、ナイトバーンに委任するそうよ」
あのモノホイールや、それに積み込まれていたいろいろは、このために準備されたものだったと、気がついた。
今の今まで、あれはただの趣味であり、ギルドの再建をするといっても、チャックも自分のように、ライラベルに腰を落ち着けるものだと思っていたのだが。
「なんでー。チャックかっこつけるの、好きだと思ったのになぁ。ゴーレム探したいってのは、わかるけどさあ」
「まだ顕著にはなっていませんが、ゴーレムおよびそのパーツの不足は、このままでは今後深刻化します。一人ハンターが増えたところで、どうなるというものでもありません。ゴーレムハントも自由化されましたが、発見されたゴーレムの数は増えてはいませんし」
運良くゴーレムを見つけたとしても、ニンゲンはそれをメンテナンスする技術を持ってはいない。発見されたものは、結局売り払われる。
ギルドに冠されたゴーレムという単語は、今や買い取り窓口を表すものでしかない。
「そのことも話し合いたかったのになぁ。なんで何も言わずに、行っちゃうんだろ。でもまあ、チャックもずっと働きづめだったし、戻ってくるまでは休暇扱いにしておいてやってよ」
「すでに休暇中です。なにしろ現在のギルドのシステムは、彼が作りあげたといっても過言ではありませんから」
そしてペルセフォネは、声のトーンを少し変えた。
「彼、書類上の手続きだけは、申し分なく整えていったわ」
会議が一段落して休憩に入ることには、キャロルは新しいギルドのその意義も、ファリドゥーンがこの会議に出席しなければならなかった意味も理解した。
旅が自由化されてから、質の悪い渡り鳥の数も増えたし、逃亡犯罪者も旅人たちにまぎれている。
無断で旅をした、というだけで罪に問えない現状と、これまで治安を護っていたベルーニの軍部の人手不足。
ベルーニから押し付けられたルールを失った後、各ニンゲン自治体は、それぞれ勝手に、ローカルルールを作り始めているが、身勝手なものもあるらしい。
各人里に保安官を置き、広域をハンターが巡回する。
ハンターギルドは、それらをカバーする組織となる。
共通の基本ルールと、その仕組みを、人々に周知させる必要がある。
局の紙コップのココアをすすりながら、キャロルはため息をつく。
どうしてこのココアは、こんなにも味気ないのだろう?
「どうかした? キャロルちゃん」
デュオグラマトンが、声をかけてくる。
「いえ、私、人よりは、ずっと物知りで、状況把握も上手にやっているつもりだったのですけれど、今回のことで身に染みました。
ずっと、ギルドはもう無用の組織だって思ってたんです。
そう思い込んでしまって、目の前にあることも見えなくなって、チャックさんの頑張りも、無駄なことをしているようにしか見えなくて。
どうしてそんな思い込みをしていたのかと、悔しいというか、情けないというか」
デュオは、その大きな手をバタバタと振る。
「しかたないわよ。彼って、すっごく掴みにくいんだもの。身近で見てるほど、余計にわからなくなってくるわよね。
正直彼自身、あまりにもいろいろ自分を作りすぎて、自分自身でも本当の自分が、わからなくなっちゃってるんじゃないかしら?」
少し離れた席で、書類をめくっていたペルセフォネが、クスリと笑った。
「デュオ。あなたも思い込みで見るクセを、そろそろ治さないとダメよ」
「あら、心外だわ。いつも真実しか求めていないのに」
「真実が、一つしかないというのが、あなたの思い込みよ。
表と裏に、分けられるとも限らない」
ペルセフォネは、やはり書類をめくりながら、頭をかかえているディーンに、ちらりと視線を飛ばす。
「表しかいない、なんていうことは滅多にないし……」
そしてキャロルとデュオに微笑みかける。
「ひどく多面的で、その一つ一つが表とも裏とも、真実とも嘘とも限らないケースもあるわ」
「そういう話は、わからなくはないんだけど」
「ナイトバーンみたいに、表と裏がわかりやすいタイプばっかり見てるからよ」
そしてペルセフォネは立ち上がり、キャロルに歩み寄って、その耳元で小さく囁いた。
とたんにキャロルは真っ赤になって、テーブルに両手を突いて立ち上がる。
「そんなんじゃありません!」
「そうかしら」
ペルセフォネは、席に戻って、再び書類をめくりはじめる。
「ねえ、キャロルちゃん、なんて言われたの?」
興味深々のデュオを、ペルセフォネが顔も上げずに制止する。
「デュオは、少し考えてごらんなさい。キャロルも、急いで教えなくていいし、デュオがしつこければ、適当な嘘でも教えればいいわ」
「はい」
デュオグラマトンは、手に入らぬ真実に、身もだえしている。
こうなってしまっては、たとえキャロルが何と答えようと、デュオには真実とも嘘とも判別のつけようがないからだ。
「恋は盲目」
大人の女の吐息とともに耳をくすぐったのは、そんな短い言葉だった。