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ワイルドアームズ5

 

ルシルの両親

メモ 『艦長 VS ルシル』 分類RYGS 最強メイド物語 「女は苦手だ」

 村人の証言によれば、ルシル父も出稼ぎ先で亡くなったとのこと。時期は不明。
 公式設定資料集によると親に売られて奉公に出ることになったらしい。となれば父がいないのだから、母にということになる。
 なら、母親はどこにいるのか?
 アパートのルシルの部屋は、ルシルだけ? チャックの口ぶりでは、ルシル一人の部屋とも、ルシルが家族と暮らす部屋とも取れる。
 家族で暮らすには小さそうだが、ハニースデイならありえそうに思える。バストイレキッチン共同でも、おかしくない。アパート前のショップ前の野外食堂が、共同キッチン。とすれば、雨や冬場なんか大変そうだ。
 母親も先に出稼ぎに出た、という可能性もないではない。
 が、母親は村にいるけれど、見送りに出てくるつもりもない、という可能性も同じぐらいあると思う。
 確かに、誰も彼もが家族を働き手から失ってを失っているからこそ、周囲の村がつぶれ、ハニースデイも寂しいことになっている。
 ルシルも、そしてケントも、19の時点で両親を失っているとしても、おかしくはない。
 わかっているのは、いつ帰れるかわからないルシルを見送る人は、いなかったということだけだ。
 にもかかわらず、ルシルは出がけに、ショップ件食堂のおばさんと、挨拶をかわすだけだ。
 ルシルは駅まで一人で行ったの?
 ベルーニの偉い人が迎えに来ているから、みんなびびった?

 ハニースデイも、キャロルがいた村よりマシだけれど五十歩百歩で崩壊寸前なんだと思う。
 誰かが身売りされていっても、ただ眺めているだけか、目をそらし、どうにかしようとは思わない。
 たとえ自分の家族が出て行こうが、帰ってこなかろうが。
 かつてのチャックのように、心配してアクションを起こせば、余計に悪い事態を引き起こしてしまうと恐れているかのように。
 それがハニースデイの状況なんだと思う。
 だからうちでは、ルシ母は村にいるけど、見送りに出てきさえしない、という話にしている。

 

チャック 出る杭は打たれる

 チャックの人生ってキツイな…… ってこと ポンポコ山に立ち入る時、決意したわけだけど、出る時には目の前でナイトバーンが、お父さんと同じ死に方して。

 その前も、正規のハンターになって盛り上がって故郷へ帰ったら、ちょうどルシル出てくところで。

 5年前も、心配してばかりじゃはじまらない、ボクがお父さんを迎えに行くんだ! って……。

 そういう、よっしゃいくぞー! やるぞー! って決意して行動に移すたびに、本当に偶然、チャックのせいじゃないからこそ、対応策もないことが起きて、くじけさせられて。そういう事がたぶんそれ以外にも繰り返し起きていて。お母さんの時とか、ケントがいなくなる時とか。

 肝心な時ほど引くようになって。
 それこそディーンみたいに、あきらめないぞなんて決意したら、それが災厄を呼び込みそうで怖くてならなくなってしまって。

 ケントは生きていたし、ルシルも幸せになったけど。

 ディーンが、ハニースデイでわりとうさんくさがられているにも関わらず、村人がその仲間になったチャックを気づかったり、ディーンに協力するな的なことを言われないのは、そういうことなんだと思う。

 ああチャックはまた、これで何かを失うんだろうな… って。

 

グレチャ

 チャックは、グレッグに憧れてるところがあると思う。
 自分の気持ちに正直に、他のすべてを捨ててまっすぐ突き進んでるんだな……っていう。
 ディーンも同じ意味で好感持ってるけど、グレッグのつらさがわかっちゃったから。
 それだけ家族を愛していたんだな……って。
 その上で復讐を乗り越えたんだな……って。

 チャックが回り道をしている間に時期を失ったのはルシルについてだけじゃない。
 ルシルの方は気持ちの決着をつけられても、ナイトバーンの方は時期を失ったままで。
 ナイトバーンには、何だってできる。けどしない。でも、してもしなくても、心は晴れない。乗り越えられない。現状を選んだのは自分で、結局チャックは、自分を責める。

 そしてグレッグに、憧れる。
 周囲に目もくれず復讐に突き進み、乗り越えたグレッグに。
 いろいろな理由をつけて、自分に正直であることを放棄した自分を責める。

 自分を作り、肝心なところで自分を押し殺し、心配かけまいと、迷惑かけまいと。
 仲間にバレてても、それでも仮面で取り繕おうと。
 それがバレバレなのもわかってるから、背を向けようとし。
 そうした態度で、さらに奥にあるものを隠そうとし。

 仲間たちにとって、こういうチャックは、ものすごく歯がゆいだろう。

 乗り越えられない。けど、結論は出している。誰から強制されたわけでもなくチャック自身がその結論を出した。

 たぶんチャックにとって、ルシルは全てを覆す鍵であったはずだ。失った全てを取り戻すための。

 にもかかわらず、チャックは引いた。
 そんなチャックから、ルシルは離れた。

 情けない自分。誰かに話したい。相談したい。この気持ちを誰かに共有して欲しい。

 ファリドゥーンは、改造実験塔で、このまま朽ち果てたいとそう言った。
 チャックはすごく怒ったけど、同時にファリドゥーンのその気持ちを、理解していたと思う。
 さまざまな意味で、その気持ちを知っているのだ。 けれどルシルの笑みを得たファリドゥーンは、そんなことを思ってはいけないのだ。

 ケントは理解しすぎてしまう。たぶん。2年前までは、チャックが壁を作っていたし、ケントもチャックを理解しきれなかった。けれど今はそうじゃない。二人とも成長した。いろいろな経験をした。
 理解されてしまうだろうからこそ、チャックは胸の内を幼馴染みの親友にさらけ出せない。

 やるせない。
 けれど月のミーディアムの装備者は、やるせない猫になりにくい。
 ちなみにやるせない場に自分から入ればなれるんだけど。ヘクスクリーナー付いている場合も、外から場に入ればなれるんだけど。

 やるせない猫になって、復讐を乗り越えたグレッグに、そっと身を寄せて、その一途さのかけらでもこの身に移りはしないかと。
 膝の上に抱かれるのでもなく、背中合わせになるでもなく。
 ぶち切れて、中身をさらけ出してしまいそうだから、物言わぬ猫になって。

 グレッグの方が大変なのに、そう自分を責めながら。自分の弱さを嘆きながら。
 グレッグに、バカとなじられ殴られるのでも、ぐねぐねと猫ッ可愛がりされるのでも、ともかくそうしてもらえると、少しの間だけ忘れられるので、それが嬉しい。

 

ケントとチャック

 ケントとチャックを一緒にしておくと、子犬のよううに転げまわる。
 そういう明るいチャックの部分も、今のチャックに残っていると思いたいから、そういうことにしてる。
ぎゃいぎゃい騒いで、げらげら笑って、はしゃぎまくって、バカなことして。
 すごく楽しそうで。

 そういうのを見ると、ディーンやキャロルは え? とか思う。
 じゃあ、自分たちが普段見てるチャックの姿は?
 そっちもそっちで、かなり幅が広いんだけど、チャックがケントの前で見せるあの姿って何?
 落ち着いているときは大人しいし、カッコつけてるときはカッコつけて、怒る時は怒って、嘆くときは嘆くチャック。
 本当に悲しい時には泣くことができないチャック。
 そのどれでもないチャック。
 どうしてああいう姿を、自分たちの前では見せないんだ?

 ケントもチャックも、互いに生きていることが嬉しくて。
 ただそれだけが心から嬉しくて。

 

家族願望

 ディーンには、自覚はないけど家族願望があるのかも?

 レベッカとその両親、カポブロンコの人々が家族がわりになって面倒見てたっぽいけど、家族失ってずっと一人暮らしだった。

 キャロルに対していきなり「妹!」という発想が出てくるのも、家族願望があるからと思えばわかりやすい。

 そう考えると、レベッカに恋愛感情が湧きにくいのも、姉妹視してるからという可能性が大きい。ディーンの生活面での世話焼きなんかしていたりしたら、さらに母親的ですらある。たぶん母要素の少なさや年齢的な面から見て、母要素はレベッカよりもレベ母にいっているとは思うけれど。

 その擬似家族に割り込んできた他人が、アヴリルと、そしてチャックもそうだと思う。だからアヴリルは(最終的にではあっても)異性として意識され、チャックは友人として意識された。

 アヴリルもチャックも、ディーンより年上ながら、ディーンが助けなければならないシチュエーションからはじまっているのも、共通している。

 ディーンを息子視して、世話焼きしたグレッグが、お父さんポジジョンにはまるのは、自業自得だ。

 キャロルは、能力的にはともかく、見た目と性格が危なっかしい。
 レベッカがディーンの姉ポジジョンに近かった分、ディーンは妹分が欲しかったのかもしれない。

 ディーン視点でまとめてみると

父 = グレッグ
母兼姉 = レベッカ
妹 = キャロル
友だち = アヴリル チャック   となる。

 レベッカは、異性として意識するには、近すぎる。

 グレッグ、キャロル、チャックも、それぞれに家族願望を持っている。

 グレッグはもちろん、息子=ディーン。失った家族に代わるもの。

 キャロルは、強くて優しく自分を愛してくれる理想の保護者。

 チャックは、失った家族の再現。ただしルシルという明確な相手が外部にいるため、たぶん仲間相手の家族ゴッコは、あくまでもゴッコにすぎない。

 そしてアヴリルは……。ループしているアヴリルにとっては、仲間は役割など越えた、家族そのものなのではないだろうか?