まず、起きた出来事を整理してみます。
A アヴリル誕生
B 次元の乱気流発生 一度目
C コールドスリープ
D ディーンたちと合流
E 次元の乱気流発生 二度目
F ED後
Xは、未来から過去への意識の転送、
Yは、過去から未来への意識の転送です。
次に、ループしているアヴリルについてです。
まずアヴリルは、誕生から一度目の次元の乱気流発生まで(A→B)の記憶を、保有しています。
その後、次元の乱気流(B)に巻き込まれ、未来からの記憶(X)を受け取ります。
そしてそのまま時間が経過し、コールドスリープ(C)を経て、ディーンたちと合流(D)します。
最後に、二度目の次元の乱気流(E)に巻き込まれ、意識が過去へ(X)と飛ばされ、一度目の次元の乱気流の時点へいたります。
同時に二度目の次元の乱気流時点のアヴリルには、過去から飛ばされてきた意識(Y)が宿り、未来へ(F)と向かいます。
一度目と二度目の次元の乱気流は、一つの回る円盤の上にあると考えていいかもしれません。
アヴリルのループは、この赤い部分の、輪になっている部分です。
E→Bの逆流している部分(X)は、文字通り時間が経過しませんから、存在しないと同等でしょう。そしてアヴリルはループするかぎり、B→Eの経験を、繰り返すことになります。
ただしヨトゥンヘイムの暴走事件のセリフより、無数の平行世界があり、あるいはアヴリルの干渉によって、無数の平行世界が発生し、常に同一の経験をするわけではないことがわかります。
まったく同じ時間軸のBでないことは、ループしているとはいえ、アヴリルが録音された音楽のように、同じことを繰り返しているのではない、ということです。
アヴリルの行動によって未来が変わる可能性がある、ということはつまり、未来が分岐しているということです。
主線から斜めに別れている線が分岐です。
未来へ傾く斜め線であれば、いかなる分岐もありえます。
ただしディーンと出会いたいならば、そして彼女が知る未来を救いたいならば、彼女は自分の記憶をなぞるでしょう。
特にコールドスリープ前の行動は、後の世界にどれほどの影響を与えるのか、まったく予測がつきません。
知っている道をふみはずせば、未来に到達したものの、ディーンがいない、あるいは誰もいない世界だった、ということも、ありえるのです。
またコールドスリープ後も、極端な例でいえば、途中で彼女が死んでしまえば、まるで違った未来へと向かうでしょう。
未来からループした。だから二度目の乱気流には必ず生きて巻き込まれる、から何をしても死なない、などという保障はありません。
こうした分岐が起きた場合、過去へ飛ばされた意識は、その分岐した世界の過去のBになります。
ただしこのBが、アヴリルが知るBと、異なることは、まずないでしょう。
いちばん左の斜め線は、ループを外れた場合です。
なんらかの理由で、アヴリルが過去へ帰らなかった場合、帰れなかった場合に、この分岐が発生します。
その場合でも、すでに既成事実となっている過去から未来へ飛ばされてくるアヴリルの意識が消えるわけではありません。
ただしアヴリルが死亡していた場合、受け入れる器がありません。
そうでなかった場合、同居するか、あるいはどちらかが弾き飛ばされているのかもしれません。
はじきとばされた意識は、どうなるのでしょう? 消え去るのでしょうか? あるいは他の平行世界へと準送りにされていくのでしょうか?
いずれにしろループから外れた場合どうなるか、ループ中のアヴリルは知りえません。
ループしているアヴリルが知っているのは、Bを基点として、Eでループが完成する場合の、無限の可能性の最大公約数ではないかと思います。
次に、ループしていないアヴリル、過去からやってきたアヴリルについて、考えてみましょう。
水色の部分がそうです。
迂回していますが、時間軸にそって彼女は存在しています。
彼女には、B→Eの記憶がありません。またループもしていませんから、他のキャラクターと同じように、平行世界とも無縁です。
この状態は、BからEまで、コールドスリープをしていたのと、大差ありません。
このとき、A→Bの記憶は、双方のアヴリルが共有しています。
そして双方のアヴリルが共有するのは、A→Bの記憶だけではありません。
彼女の肉体は一つしかないのです。
図にすると、紫の部分、ずっと彼女の肉体は、時間軸にそって存在しているのです。
さて、ループしているアヴリルは、ループ以前の記憶と人格を保有しています。
これは、どこから来たのでしょう?
未来から飛ばされた意思が、完全に過去の彼女を吹き飛ばしてしまうならば、この記憶は存在しえません。
しかし、そうではないのです。
記憶は肉体に由来するものだと、私は考えます。
そしてその記憶が、つまり経験が、今の人格を決定します。
無限の平行世界を巻き込んだ、未来のアヴリルの膨大な記憶に支えられる人格は、単一である過去の彼女の記憶と人格をふっとばしたとしても、おかしくはありません。
また、異なる経験を大量に積んだ彼女が、まったくの別人と呼べるほど、異なる人格として現れるのも、当然です。
ですが、単一の経験をしている、過去から来たアヴリルについても、同じように考えることが出来るのです。
彼女は、肉体的連続性のない、平行世界の記憶を持ちえません。
しかし彼女の肉体に貯えられた記憶は、彼女の記憶であり、彼女は自分のこととして、思い出すことができるはずなのです。
ループするアヴリルが、ループ以前の記憶を思い出すことができるように。
過去からやってきたアヴリルなど、実はいないのです。
一見、彼女の意識は、BからEまで飛んでいるように見えますが、彼女はずっと、ループしているアヴリルの中に、存在していました。
でなければ、彼女の内にリリティアなど存在するはずがありません。
記憶は肉体に刻まれます。
意識の混乱が収まり次第、彼女は彼女の肉体が経験した、過去の全ての記憶を取り戻すはずです。
そこには、ディーンたちと一緒に旅をした記憶も、含まれています。
彼女はループしていません。ディーンたちが知るアヴリルこそが、彼女の全存在です。
違っているのは、膨大な「アヴリルがループする平行世界の記憶」を持っているかどうか、だけです。
過去から未来へと飛ばされる意識は、Yという別ルートを取ったのではなく、ループアヴリルに圧倒されていただけであり、ループアヴリルという意識がが過去へと消えることにより、主体を取り戻した、と言えます。
しかし、その彼女から見て、ループするアヴリルの意思に圧倒されていた期間、彼女と肉体を共有していた期間は、どのようなものだったでしょう?
彼女には平行世界の記憶はありませんが、もう一人の彼女にはあります。
彼女には未来の記憶はありませんが、もう一人の彼女にはあります。
頭の中に、未来の記憶と別人格が、降って湧いたのです。
そしてその別人格としか思えないものに乗っ取られて、わけのわからぬことをしているのに、まったく手が出せない状態、というわけです。
アヴリルはアヴリルに違いありませんから、何が起きたのか理解はできたでしょう。
しかし未来を実体験していないアヴリルにとって、ディーンたちは所詮他人であり、未来の出来事は可能性の一つにすぎません。
そこにこだわる理由は、ないのです。
なのにその未来のみを唯一とする自分に、意識が支配される……。
ループするアヴリルが、コールドスリープ後の自分の記憶が封印されるよう、そして必要に応じて思い出すことができるよう設定したのは、それこそループしていない自分の抵抗を抑え、同時に護るために、有効な手段であったと思います。
そして二度目の次元の乱気流(E)によって、ループアヴリルの意識が、肉体を去ります。
彼女は、ディーンたちと共に過ごした一度きりの時間を、自分の経験として思い出すでしょう。
また、ループアヴリルの記憶ごしに、平行世界の記憶も多少覚えているかもしれません。けれどそれは実体験していませんから、現実と夢ほどの差があるはずです。
とはいえ、彼女がループ中のアヴリルをどうとらえるか? 混乱はするでしょうが、その後受け入れるのか、拒絶するのか、あるいは統合されるのか? については、さまざまな可能性があると思います。
というわけで、いわばこれが、うちのサイトでの、アヴリルについての、ほぼ共通する解釈です。
異なる解釈を、否定するつもりはありません。
短編に登場するアヴリルも、セレスドゥシリーズに登場するアヴリルも、だいたいこの線に沿っています。