ワイルドアームズ5
チャックとヴォルスング
あるいは私から見た艦ヴォル
無茶なくくりだとは思うけれど、セレスドゥと怨念は似たようなものだと思っている。方向性が180度違うだけで。
だいたいチャックが自分を「疫病神」だというのがおかしい。
災厄であろうが自分を神に、ファルガイアの場合は守護獣に喩えている。
普通は遠慮して「疫病神に取り憑かれた」ではなかろうか?
けれどチャックの場合は、取り憑かれたではなく、代弁者としての巫女でもなく、半ば同化していると感じずにはいられない。
取り憑かれ支配されることとは微妙に違う、神を示現する依り代だ。
依り代は本来、ミーディアムであるはずだ。
ミーディアムに守護獣という神が寄りつき示現する。
ベルーニ製のブランクミーディアムによって依り代は量産されている。
ミーディアムを使う特別な巫女はいない。あるいはニンゲン全てが巫女といってもいい。
ならばなぜ、チャックだけが疫病神なのか?
それは、わからない。
ただチャックとセレスドゥは、無印とFの血を濃く継いでいるとは、感じられる。たとえ無印やFにセレスドゥが存在しないとしても。
いや、セレスドゥは存在する。
セレスドゥは二つ目の人工的な月の化身として現れる。
魔族を連れてきた新しい月など、Vの世界にはない。ロクス・ソルスはそう呼ぶには、少しばかり小さいようだし、無印やFのエルゥ界にあたる。
ゼットであり、災厄娘ジェーン&マクダレン(マクダレンの方が災厄の本質)であり、トニー少年である。
そしてヴォルスングは、保護者とも巡り会えず、友も仲間も得られなかったロディである。
同時にその力だけを得たのがカルティケヤであり、力抜きの無力な存在として保護者と仲間を得たのがキャロルであろう。
ならば怨念は、マザーなのか?
ならばセレスドゥは、マザーのネガなのか?
怨念は繰り返し、ヴォルスングに悪夢を見せる。ベルーニもニンゲンも、ハーフであるお前を、排斥したではないか? と。
自分たちにできなかったことを、誰かが成し遂げることが気に喰わず、足をひっぱり引きずり込もうとする。
セレスドゥ自体に意志はない。ただ疫病神であるチャックの性格に、特異な点がある。怒りはする。けれど殺されかけても怨みはせず、女を取られても憎みはしない。ふられ男なのに嫉妬しない。
それをひっくり返せば、怨念になる。
怨念は怨み、憎み、嫉妬する。
かつて輝かしい希望を持っていた者たちの、なれのはて。
ヴォルスングの冒頭の母殺しは、怨念をも断つことへの暗示だったのか?
ヴォルスングにも、保護者と仲間を得る機会があった。ダイアナとファリドゥーンだ。だがその機会は奪われる。そしてヴォルスングは、母殺しを繰り返し、ダイアナはヴォルスングによってその命を奪われる。怨念はヴォルスングに罪を重ねさせることで支配を強めていく。
しかしヴォルスングは、怨念を断ち切った。
その時点から、ヴォルスングはやり直すことができる。
まずは保護者だ。
だがダイアナは、もういない。
ファリドゥーンの想いは、これほどのことがあっても変ってはいないが、すでに彼には別に護るべきルシルがいる。
ハーフであるヴォルスングにとって、ファリドゥーンとルシルの結びつきは、全面的に彼自身を肯定する現れでもある。
ヴォルスングから独立したファリドゥーンは、チャックにヴォルスングのことを頼む。だが、見事なまでにチャックはそれをスルーする。ファリドゥーン涙目なぐらいに。
ヴォルスングがチャックよりずっと強いから、保護者なんて絶対無理、という問題ではない。
チャックは疫病神だ。それが事実かどうかは別にして、チャックはそう信じている。この手で護れる身近な仲間たちを除けば、誰かを護るとは距離を保つこと。人間関係を浅く保つことに他ならない。いや仲間たちとすら、微妙な距離を保とうとしている。本来の性格と、意識しての態度の間で、常に揺れている。
チャックがあの時点で、ヴォルスングが昔村から追い出された彼だとわかっていたかどうかは、微妙なところだ。
当時チャックは8歳。ヴォルスングは12歳。普通村で下働きしていた上に追い出されたあんちゃんが、支配者層のトップに立っているなんて、考えもしないだろう。
しかもディーンたちは、ハニースデイにやってきてジョニー・アップルシードについて語った少年についての話を、どうもチャックにしていないっぽい。というか、ディーンたちは、チャックとはきちんと情報交換していない。チャックは偶然の機会があるまで、アヴリルの記憶喪失のことも、その手がかりがジョニー・アップルシードであることも、全然聞いていなかった。
チャックが初めてジョニー・アップルシードについて聞いたのは、ミラパルスだ。だが、覚えはなかった。
その後チャックは、グレッグを追ってゴウノンに移動する。そこで酒のJAについては知ったはずであり、同時にディーンたちがその情報を得たことも推測できているから、話すことはないだろう。
次の機会はポンポコ山帰還後で、デュオからトゥエールビットで得られる手がかりについて聞いている。昔ハニースデイに現れた少年については、もちろんデュオの知ったことではない。そしてダイアナが話すJAは、バーソロミュー。バーソロミューと出会った時点では、アヴリル自身。
わざわざ排斥された少年のことを思いだし口にする機会はない。
8歳当時のハーフの少年排斥事件。
セレスドゥでは時系列間違えているが、まだチャックは、幸せだったはずだ。が、そうした排斥事件が起きる程度には、人々の心はすさんでいたのだろう。
そして「父親を心配して一人で山まで出かけダンジョンに潜り込んだ」チャックは、サーフ村のトニー少年なのだ。
そして気味が悪いと、ハニースデイから追い出されたヴォルスングは、ロディなのだ。
排斥事件の時、二人は8歳と12歳。チャックにとって、忘れられるほど幼い記憶ではないだろう。
チャックは、自分のせいだと嘆いたはずだ。
トニー少年がそうであったように。
チャックがヴォルスングと、どう関わったのかは、わからない。
だがトニー少年とロディのようであっただろう。
そしてチャックは、たとえその責がなかろうが、たとえ偶然であろうが、何か起きれば自分を責め嘆くのだ。
そしてチャックのことだから、彼はどこかで野たれ死んだに違いない、失ったに違いないと思ったんじゃなかろうか?
他の保護者候補は、エルヴィスかディーンあたり。
だがヴォルスングがディーンを怨念から救った時点で、ディーンは保護者候補から外れるだろう。この事件は、怨念という過去の確執を、ヴォルスングの時点で断ち切りディーンの時代に持ち込まないことの現れだろう。
ディーンだが、社会的にはヴォルスングを保護する。だが友だちにはなれても、保護者にはなれない。そしてヴォルスングが過去を清算して自らの意志で戻ってくるまでは、遠くから見守るだろう。
一方エルヴィスは、これはかなりいい候補だとは思う。もう一人のロディであるキャロルと、異種族間ですでに保護者被保護者の関係を作っているし、キャロルに高性能ARMを与えたりもしている。
だが、この結びつきがあまりにも濃すぎるのだ。キャロルがヴォルスングに懐かないかぎり、それは無理だろう。
っていうか、キャロヴォルって面白そうじゃないか? いやそれはともかく。
となればもう世界には、ヴォルの保護者ができるのは、一人しかいないじゃない。バーソロミュー。いや他にいないからではなく、誰よりも適任者だ。
ヴォルスングは、ベルーニのバーソロミューを保護者にし、怨念という夢魔から解放したニンゲンのディーンたちを友人にすることで、そこから人間関係を広げ、全てをやり直すことができるはずだ。いや、ヴォルはやりなおさなければいけない。
艦長ほどの人なら、なんのこだわりもなくヴォルを可愛がり慈しむだろう。
全てをゆだねてもびくともしない、大きくて強くて優しくて、全面的に信頼できる人こそが、ヴォルには必要だ。
それこそキャロルにとっての教授のような。
で。
ヴォルに艦長がいるのが、チャック好きとして、うらやましい。
チャックにも、そういう「甘えられる人」がいたらいいのになぁ。
チャックは、自らぬけぬけとそういう事を口にする。
いや、ヴォルみたいに、絶対に必要ってわけじゃないんだ。
14まではたぶん、貧乏でも幸せな家族と友だちの中で暮らしていただろうし。その中で、それなりの苦労もしてきたし、不条理も見てきた。それこそヴォル排斥事件を。
村では、出稼ぎとか奉公とかも普通にあった。
けれどチャックは、ごく普通の、それこそどこにでもいる「村の少年A」としての、ただぬるいだけじゃないその中で、両親と友人と共にあった経験は、チャックにとってものすごく強固な地盤となっているだろうし、優しさの源になっているだろう。
それを自分がぶち壊したと信じるからこそ、チャックは苦しんでいる。
それがあったから、自滅せずにやってこれた。
そこから抜け出すには、甘えられる人が必要なのだ。
関わりを持たないことを、甘えないことを、選んできたチャックだから。
チャックがどんなに強くなり、自分の手で大事な人を護るのだと決意するに至ったとしても。
全てをゆだねてもびくともしない、大きくて強くて優しくて、全面的に信頼できる人が。
その立場にはグレッグ、というのが普通だろう。
その視点でナイトバーンを見たこともあったんじゃないか?
ルシル&ケントが、そうなろうとしたんじゃないか?
もうキャロルと一緒に教授の息子にしてもらえ、とも思う。
実のところヴォルスングこそが適任者じゃない? とすら考える。
けれどチャック視点では、そのヴォルスングをひどい目に遭わせたのは、自分なのだ。そんなことはない、お前は関係ないと、どれだけ言われても、わかっていると表面上は肯定しても、チャックにとってはそうなのだ。甘えられるはずがない。
それどころか、下手すりゃこの手で護る相手にしかねない。
ヴォルスングにしてそうならば、この世界のどこに甘えられる相手がいるだろう?
ケントは信頼されないことに怒るだろうけど、たぶんダメだろう。一度失って取り戻した。だからこそチャックは、二度と親友を失いたくはないだろう。
ヴォルの保護者である艦長? 無理だ。チャックはUbをも自分の責のように感じかねない。疫病神として。疫病神だから。
たぶんヴォルスングの方も、当面甘えられる余裕は、ないんじゃなかろうか? 艦長の保護下で、しっかりした基盤ができあがるまでは。
それに、セレスドゥは怨念とは違う。
守護獣。世界を保とうとする力の一部。
倒すわけにも祓うわけにはいかない。
いや、セレスドゥこそが、チャックの保護者だ。
だが負を司り災厄をもたらす月の女神であり、その子は疫病神。
チャックは、手を伸ばした相手が不幸になることを、恐れている。
たとえどれほど、その不幸を自分の手で防ぐと誓っていても。
疫病神としての存在と、そう誓ったチャックとしての存在は、矛盾を抱えるということに他ならない。
矛盾を抱えたままであろうとも在ることを望むなら、人として人と関わり人として生きることを望むなら、そして当面セレスドゥがチャックを手放す気がないのなら、世界が疫病神を必要とするならば、チャックが人としてあるためには、誰かがチャックを留めなければならない。
それは、チャックが甘えられる人。
全てをゆだねてもびくともしない、大きくて強くて優しくて、全面的に信頼できる人。
たぶんチャックにとって、誰もがそうなのだ。
ニンゲンもベルーニも、古代から来たアヴリルも、ハーフであるヴォルスングも、過去へ消えた人々も、未来を生きる人々も。
天秤の、セレスドゥの反対側には、全ての人が乗っている。
だからチャックには、そんな人が必要ない。
けれど全ての人では……いないと変らない。
セレスドゥの視点と変らない。
甘えさせてくれる人が欲しい。
甘えられる人が欲しい。
疫病神であることなど気にせずに頼れる「人」が。
疫病神という要素さえなければ、チャックはもっと自由に人とつきあえる。それこそグレッグにであろうが、はたまた年下のキャロルにであろうが。甘えるだけでなく、甘やかすこともできる。特別な人を作ることができる。
チャックはセレスドゥに依存もしていなければ、支配もされていない。だからセレスドゥからの独立もまたありえない。
チャックの気の持ちようと言ってしまえば、それだけの話である。
チャック以外の誰の問題でも、ありはしない。
だから、艦長がいるヴォルスングがうらやましい。
チャック好きとして。
たぶんチャック自身は、口では「うらやましいなあ」とか言いつつ、暖かい目で見守るだけだし、まあ私もそれとそんなに変らないつもりでいるのだけれど、とりあえずうらやましいなあと言っておく。