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十四シルバーの怪物(下)

 村長は初老の……いや、老け込んだ壮年の男性で、幸いなことにメリビアの向こうにヴェーンという、伝説のオーサ家の末裔が治める町があることだけは、聞き知っていたが、それでもレミーナとティオについては、ほとんど信じるつもりはなさそうだった。
「で、そのヴェーンのオーサ家の者が、カリスに何の用だ?」
「怪物退治に来ただけですわ。賞金付きの怪物が出たと聞いたので」
「ほう? 魔法ギルドが怪物を退治してくださると? 最近、魔法ギルドが何かをしたなど、噂にも聞いたこともない」
「何かするほどの事件が、起きませんでしたもの」
 村長は、少し黙り込んで、頭の中で、この目の前の二人と、今自分たちが抱えている問題を、秤に掛けた。
 少女は、たしかに常人以上の魔法を使う。
 物怖じしない堂々とした態度は、昨日今日で身につくものではなさそうだ。
 だからといって、それがカリスの怪物を退治するのに、どう役立つのかはわからない。
 それに、魔法使いの連れが神官というのも、不思議な組み合わせだ。
 神官が一緒なら、ある程度信用してもいいかもしれないが、この神官はどう見ても、少女よりもさらに子供だ。
 姉弟だろうか? そう見えなくもない。
 村長は、その疑問を口にする。
「なぜ魔法使いが一人で、その連れが神官なのだ? なぜ大人が来ないのだ?」
「それが伝統ですもの。様々な伝説に伝わる通りですわ」
 これに嘘はない。
 ルナに伝わる多数の伝説の中で、常に英雄は、少年少女時代に旅を始め、様々な苦難を自力で乗り越えながら、力をつけていくことになっている。
 そのためルナの英雄に憧れる少年少女は、旅を夢に見るし、また神官であれば、そうした活動が修行として推奨されていて、今でも珍しくはない。
 もちろんティオが単身ヴェーンへ派遣されてきたのもその一環だし、もしカリスへ来たのがティオ一人だったら、オバサンも村長も(この子には無理だとは思うだろうが)納得しただろう。
 つまり村長の不審は、魔法使いなんてまだいたのか? という点に、集約される。
 だけど、この少女は本当に魔法使いらしい。
 なら、伝統通りに少女と少年だけで、怪物退治に来たとしても、不思議はないということになる。
 それに、まあ、どうせ相手は子供である。
 滞在させるだけなら大した出費でもないし、ダメもとでもいいじゃないか。
 村長はこうして自分を納得させた。
「では今日から3日間、部屋と食事を提供しよう。それ以降のことは3日後に決める。大きさに関係なく、1匹14シルバー。ただし賞金は100匹単位で、それ未満は切り捨てだ」
 ということになったのである。
 レミーナに、異存はなかった。

 余談。
 村長は、レミーナとティオを姉弟だと思ったのか、与えられた部屋は一つだった。
 もっとも、部屋数の多いオーサ家や、ラムス商会ならともかく、猟師のダタクの所では、ダタクも含めて雑魚寝だったし、宿に泊まるときも、レミーナはわざわざ部屋を2つ取るような無駄使いは、したことはない。
 まあ、レミーナが着替える時は、ティオが追出されるのは当然だし、ベッドが一つしかないときは、ティオが床に寝るのも当然として……。
 ティオにとっては、レミーナと同じ部屋で寝るというのは、ちょっと厳しい展開である。
 いやもちろん恐いとか、そういうんじゃなくって。
 でもってもちろん、レミーナにはそれを言い出せないでいたりするのである。

 でまあ、村長との交渉を終えたレミーナは、早速ティオと一緒に、あのオバサン(リンダさんというそうだ)に案内されつつ、14シルバーの怪物を見に行った。
 怪物は、畑でゴロゴロしていた。
 子供が両手を広げたほどの直径がある、緑色の饅頭といった外見である。
 村人たちは、青丸虫と名づけていたが、もちろん虫ではなさそうだ。
 それが畑のここかしこで、どこに口があるのかはわからないけれども、畑の作物の残骸を、ゆっくりと食べている。
 作物は食べ尽くされて、残骸しか残っていない。
 しかも合間に雑草が残っているところを見ると、結構なグルメらしい。
「いつ頃から?」
「20日ばかり前かね。最初は指先ほどの大きさだった。棒切れでつまんで捨てようとしたら、いきなりベタッと跳びついてきて、このありさまさ」
 リンダオバさんの手は、土と日と水仕事に焼けた典型的なゴツイ中年農婦の手だが、中ほどから指先にかけて肌が瑞々しいピンク色をしている。
 つまりその部分が怪物に食われ、アルテナ様の力で癒されたばかりというわけだ。
「どれくらい跳ぶんですか?」と、レミーナ。
「跳びつくっていうより、腸(ルビ:はらわた)を吐き出してくるって感じだよ。直径の10倍は来るね。それに触れると、肌がジュッって溶けちまうんだ。最初は小さいのを長い棒で突き殺してたんだが、あっというまに大きくなって棒の長さが足らなくなったのさ」
 レミーナは自分の手帳に、『攻撃範囲は、体長の10倍』『棒で突き殺せる』と書きつけた。
「弓は試されましたか?」
「あぁ。弓に、投げ槍に、急ごしらえの投石機。なんでも試したよ。だけど青丸虫の数が多すぎるし、ちゃんと当てられるのは猟師たちぐらいのもんだ。真中にブスッと刺さらないと、死なないんだよ。しかも死ぬまで半日はかかる。いつまでたっても終わりゃしない」
「現在、どんな対策を取ってますか?」
「被害が少ない村の北側の畑を守るために、村の真中に堀を掘ってるよ。さっさとやりゃあよかったのに、どこで線を引くかでずいぶんもめて、遅れたんだ。あと、弓やなんかを使える連中と、ましな魔法が使える連中も、北側にいる。南側を捨てて、北側を守ることにしたんだよ」
「どんな魔法を?」
 リンダオバさんはそのとき、少し自嘲ぎみに笑った。
「あんたみたいな、スゴイ魔法を使えるヤツはいないけど、子守唄と、苦味と、冷や水がいてね、がんばってるよ」
 魔法についての表現は、村人による愛称であるため、レミーナにはどのようなものか、わからない。
「もう少し、どういう魔法を、どのように使ってるか、詳しく教えてください」
「本当に眠くなる子守唄を歌えるヤツがいるんだ。効くのは子供相手だけだが、大人でもかなり眠くなるんだよ。怪物が寝たところを、ヤリでブスリとやる。歌いながらヤリを持ち歩いているヤツがそうだけど、それを聞くとまわりの連中まで眠くなっちまうのが、難点だねぇ」
 レミーナは、『聴覚あり』『眠る』と、メモを取る。
「苦味ってのは、他人の口の中を、いきなり苦くできるんだ。青丸虫は苦いのが嫌いらしくてね、作物を食べようとしたときに苦くしちまうと、食べるのをやめる」
 さらに『味覚あり』『苦味を嫌う』と、メモを取る。
「あと、水を冷たくできるヤツがいてね、こいつは北側で、小さい青丸虫を退治している。作物に冷たい水をぶっかけると、葉の裏なんかに隠れてた小さいヤツがポロポロ落ちて、逃げ出すんだよ。あんまりやりすぎると、作物が育たなくなるけど、やらなきゃ丸ごと食われちまうだけだからねえ。ま、そんなもんかね」
「レミーナさんの、冷たい水差しみたいな魔法ですね」
 と、これはティオの感想。
「その手もあるわ」
 とレミーナはティオに答えつつ、手帳に『寒暖を認識』『冷水が苦手』と、メモを取ってから、リンダオバさんを見た。
「ちょっと実験してみますわ」
 そしてレミーナが呪文を唱えると、畑の真中にいたひときわ大きな青丸虫の上に、白い霞が現れたと思う間もなく、霞は人の背丈ほどもある一本の氷柱へと凝縮し、そのまま空中に留まることもなくストンと落下し、見事に青丸虫を貫いた。
 青丸虫は、闇雲に反撃しようと、触手なのか胃袋なのかを四方に伸ばしては縮めしていたが、離れた場所にいるレミーナが、その原因とは、思いもよらぬようである。
 やがて青丸虫は、青黒く変色し、動かなくなった。
「おやまあ! 槍で突いてもなかなか殺れなかった青丸虫が、あっという間に死んじまったよ! さすが魔法使いのやることだねえ!」
 レミーナは、『冷水が苦手』の隣に、『氷系の攻撃魔法が効果的』と書きつける。
「まあ、これで一体一体倒していくのは面倒ですから、もっと効率的な方法を考えることにしますけどね」
 もうレミーナは自信満万で、どうやらリンダオバさんもそれを感じ取ったらしい。
「期待してますよ。魔法使いのお嬢さん」
「あのぉ……」と、ティオがリンダオバさんを見上げた。
 リンダオバさんは、レミーナよりもティオよりも背が高いのだけれども、ティオの場合だけ、いかにも見上げたという印象になるところが、面白い。
「なんだい?」
「あの、ボクたちのほかに、余所から怪物退治に来た人は、いないんですか?」
 リンダオバさんは、肩をすくめた。
「来たことは来たけど、地道でな仕事と知ると、みんな帰っちまった」
 それからリンダオバさんは、はにかみながら笑ってこういった。
「最初はあんたたちも、そういう手合いかと思ったよ。派手に怪物退治をして、手軽に稼いで、勇者を気取りたい連中の仲間だろうってね。……わるかったね」
 などと、最初とは手の平を返すように、態度を変えている。
 いや、本来は田舎の気のいいオバさんなのだろう。
 ただ、この青丸虫と、冷やかしの冒険者への対応で、イライラしていたというわけだ。
 レミーナだって、ヴェーンへやってくる自称勇者を追い返すうちに、かなり性格がキツくなったと、近所の人たちも言っている。
 ……いや、これはもともとだという説もあるけれども。
 そしてレミーナは、さらにいくつか実験し、その晩青丸虫対策本部(村長さんの家の一室)で、作戦を披露することした。
 事前にリンダオバさんが、かなりレミーナのことを大げさに言いふらしたため、青丸虫退治で疲れきっているにも関わらず、大半の村人が、レミーナの話を聞きに集まっている。
 期待もあったかもしれないが、魔法使いを名乗る変な女の子見たさというところだろう。
 レミーナは、小さくなっているティオを従えて、村人たちの前に立った。
 ティオは、それだけでビビってしまっているようだけれども、魔法ギルドの当主にして、ヴェーンの町の代表も兼ねるレミーナは、慣れたものだ。
 劇的効果を狙って、いきなりこう言った。
「私が魔法の如雨露を用意します」
 レミーナの言葉に、村人たちはザワつく。
 ……さすがに、すでにレミーナの立場を理解しているヴェーンの人々相手には、こんなことはしないけれども、初対面の相手に、14才の女の子ということで見くびられないためには、まず自分のペースに巻き込むことが、話し合いを有利に進めるということを、レミーナは体験から学習していた。
「ただの如雨露じゃないか」
 と、村人の誰かが言った。
 その通り、村長さん家の裏庭に転がっていた如雨露である。
「私が魔法を掛けて、魔法の如雨露にしたものです。中の水に手を入れてみてください」
 リンダオバさんが、その如雨露を持って、村人たちの間を回りはじめた。
 如雨露の中に半分ほど入っている水は、氷のように冷たくなっている。
 再び村人たちが、ザワついた。
 魔法の力を物に移すという技は、たとえそれが一時的な効果であるとしても、素質に恵まれ、専門教育を受けていないとできない、魔法使いの技だからである。
 この時代の、田舎の普通の村人ともなれば、魔法使いには、そんなことが出きるということすら、知らなくても不思議はない。
 もっとも、素質に恵まれ、専門教育を受けた神官たちの手による、奇跡を込めた活力の薬や、解呪の護符、毒消しなんかは出回っていて、根本的にはそれとさほど変わりはないのだけれども、まあ、魔法使い自体が珍しい時代なのだから、その技が珍しがられるのも、しかたがあるまい。
 村人たちのザワザワが収まりかけたのを見計らって、レミーナは先を続けた。
「この如雨露に入れられた水は、瞬間的に冷却されます。冷水のシャワーは、小さな青丸虫退治に、役立ちます。この如雨露の魔法効果は約半日持続しますから夕方まで持ちます」
 村人たちの中から、ほぉという、感嘆のため息が漏れた。
 ところがそれは、次のレミーナの一言で、小さなブーイングに変わった。
「1つにつき7シルバーです。希望者は朝、如雨露を持って、広場に集まってください。別にバケツでもかまいません」
 村人たちは、なんとなく、お金を取られるとは、思っていなかったからだ。
 その不満を敏感に感じ取って、自分が責められているわけでもないのに、ティオが更にオロオロしはじめる。
「あら、私への怪物退治の報酬だって出来高払いの1匹14シルバーだし、7シルバーっていうのは破格の値段なんだから」
 と、レミーナはちょっとかわいく、すねて見せたけれども、それで村人たちが納得したかどうかは、わからない。
 しかも村人たちには、その7シルバーが、高いのか安いのかも、さっぱりわからなかった。
 ちなみに、メリビアでレミーナに冷たい水差しを作ってもらうには、封印付きで1点10シルバー。ただしラムス商会が仲介料としてうち2シルバーを取るので、レミーナの手取りは1点8シルバーである。
 かなりのお金持ちは、そのまま水差しを水差しのまま使っているけれども、食堂なんかだと、1つの水差しで冷たくした水を、別の普通の水差しに入れて客に出すので、そのための経費は1日10シルバーですむ。
 一般家庭で冷水だけに1日10シルバーというのは、ちょっと割高だろうが、特別の日とか、食堂の客寄せのための費用としては、まあ、そこそこの額なのではないだろうか?
 ちなみにこれを、行商人にメリビアからこの村まで持ってきてもらったら、20シルバーか30シルバー、40シルバーになっても、おかしくはない。
 ……なんてことは、ここに集まった村人たち誰一人として、知ったこっちゃないけれども。
「それはそれとして」
 と、レミーナは話を戻した。
「魔法の如雨露は村の北側で使ってください。私は南側で、青丸虫をまとめて退治するための作戦に入ります」
「氷柱でブスッ! ってやつだね!」
 と、これはリンダオバさん。
 自分のことのように、興奮している。
「ええ、基本的にはその手で行きますけど、効率的にやるつもりですわ」
 と、レミーナ。
 それからレミーナは、その手順について説明したが、魔法的専門用語が多く、村人たちにはあまりよくわからなかったようだ。
 だからレミーナは、「いいというまで、北側の指定の場所には、入らないように」と、村人たちに念を押して、話を終えた。

 レミーナはせっせと働きはじめた。
 まず朝、村の広場に集まった人たち相手に、如雨露やバケツに魔法をかけまくる。
 この広場には、アルテナ様の像があるので、魔法力を使い尽くす心配はない。
 だけどちょっと、村人たちの中には、「如雨露だってオレたちのだし、魔法の源だってアルテナ様じゃないか」という不満も、あるようだ。
 そうできるようになるには、レミーナの素質や、アルテナ様の力だけでなく、それを開花させるための膨大な時間と努力あってこそなのだけれども、技術料が理解されにくいのは、私たちの世界と同じである。
 一方ティオは、マネージャーよろしく、集まった村人たちから、如雨露一つにつき7シルバーを、集めている。
 村人たちはレミーナの前に並び、魔法を掛けた如雨露やバケツを手に、次々と畑に向かっていき、次第に広場から人影は消えていく。
 残ったのは、レミーナの案内役になりきっているリンダオバさんと、ティオと、魔法使いを見に来た子供たちだけだ。
「これで一通り終わりね。さあ、出かけましょうか」
 と、レミーナが広場を離れようとしたとき……。
「あ、あのぉ」
「なによ、ティオ」
 見るとティオの後ろに半分隠れるように、7つか8つの女の子が、如雨露を持って立っていた。
「あらゴメンなさい。さあ、魔法を掛けるから、その如雨露を貸して」
「あ、レミーナさん。あの、この子、お金を持ってないんです」
「え?」
「村の南側の家の子なんですよ。畑が全滅しちゃって、家にお金がないそうなんです。でも、お父さんにお願いしてこいって言われて来たそうなんです。……ボクからもお願いします。魔法を掛けてあげてくれませんか?」
 レミーナがふとリンダを見ると、リンダもちょっと困った顔をした。
 子供たちが、レミーナがどう出るかと、じっと見守っている。
 レミーナは一瞬ムスッとし、それからその女の子に、優しく笑いかけた。
「あなたの家に、案内してくれる? ティオ、それからリンダさん。ちょっと仕事を始める前に、この子の家に寄ってきますわ。……それからティオ、この子の相手をしてやってね」
 レミーナたちについて来ようとする子供たちを、「この広場から出るんじゃないよ!」と、リンダオバさんが追い返し……アルテナ像の回りは、どんな危険もない聖域なのである……、レミーナはその女の子の家に、怒鳴り込んだ。
 ……何をするかと思ったら、なるほど女の子に、レミーナがその親を怒鳴りつけるところを見せたくはなかったから、ティオに相手をさせたのだ。
 レミーナいわく……。
「本当に困ってる人から、お金を稼ごうっていう気はないわ! けどね、子供をダシに使うそのやり方が、気に食わないのよ! 本当に必要でお金がないなら、あなたが私に頼むべきでしょうが!」
 はっきりいって、14才の黙っていればかなり可愛い女の子に、いきなりこれをやられると、誰でもかなりビックリする。
 ついでに言うなら、これをやられると、たいがいの大人、特に男は、たとえ自分に非があろうとも、怒り出す。
 女の子の父親も、そうだった。
 で、まあ、しばらく口ケンカがあり、決着がつくわけもなく、その間ティオは女の子と一緒に家の外でオロオロとし、リンダオバさんは、ビックリしていた。
 そして結局どうしたかというと、レミーナは大騒ぎしたあげく、エラそうに如雨露に魔法をかけてやり、一方的に「貸し」を宣言した上、プンプン怒りながら本来の仕事に戻ったのである。
 その帰り道、レミーナは怒りながら、ティオとリンダオバさんに、こうのたまった。
「だいたいね畑が全滅してるのに、小さい青丸虫にしか効果のない魔法を掛けてもらいたがるのも不自然だし、村のみんなが力を合わせて、堀を作ったり青丸虫を退治してるのに、大の大人が家でゴロゴロしながら待ってるだけっていうのも、おかしいでしょーが」
 リンダオバさんが、難しい顔でため息をついたところを見ると、どうやら、まあ、心当たりがあるようだ。
 一方ティオの方は、あ、そうかーとでもいうように、ポンと手を打ってから、悲しそうな顔をする。
「でも、あの女の子に迷惑がかからないといいんですけどー」
「そうよねぇ」と、レミーナ。
 その後、レミーナは村長さんと相談したところ、翌日から如雨露の魔法代は各個人ではなく、村費から出すことになったり、その女の子が結構ティオになついたりしたが、それはそれはおいといて……。
 レミーナの計画は、こうである。
 まず、被害の大きい南の畑のまわりの大地そのものに、4日持つ氷の魔法を掛けて歩いた。
 ……いくら威力を弱くし、そのエリアに入ると、なんとなく足元が涼しくなる程度だったけれども、レミーナにはかなりの負担である。
 そこを、アルテナ像参りをしながら頑張って、2日かけて魔法の円を作り上げ、そして翌日からは外側かららせん状に、エリアを狭めはじめた。
 内側になるほど円周は縮み、一周にかかる時間も減り、魔法の効果も高くしていくことができる。
 また村長も、レミーナの滞在延長を喜んで認めた。
 村の北側での、如雨露作戦の効果が、しっかりと現れはじめたからである。
 4日目、一番外側の魔法の効果が消える頃には、すでに内側の円が完成し、日々その円は中心部へ向けてせばめられていく。
 レミーナの進路にいる青丸虫の大きいのは、個別に凍らせたり、氷柱で串刺しにしたし、小さいのはもうエリアに掛けられた氷の魔法で動けなくなったところを、ティオとリンダオバさんやら、その他村人何名かで、これまたレミーナが氷の魔法を掛けた、先を尖らせた長い棒で、一つ一つつぶして歩いた。
 ……もちろん、この棒も、1本7シルバーで、村人たちに提供された。
 でまあ7日目の昼には、村の南に残った青丸虫は、ごく狭い範囲に集められ、それ以外の青丸虫は、ほとんど姿を消していたのである。
 その中は、大小様々の青丸虫が、半ば重なり合いながら、うごめきまわっている。
 その周辺の大地は、霜柱が立つほどの冷たさで、青丸虫の逃亡を妨げていた。
 レミーナは、自らの作戦の成功に、うっとりした。
 気の遠くなるような、地道な作業の成果が、目の前に積み上がっているのである。
 1匹14シルバーとはいえ、これだけいれば充分。
 すでに青丸虫が、シルバーに見えていた。
 レミーナは満足して、最後の大イベントを見ようと集まってきた村人たちやティオを残し、広場のアルテナ様の像に、お参りに行く。
 魔法力を完全に回復してから、あとはあらん限りの力を振り絞って、氷系攻撃魔法の連続攻撃を行い、青丸虫を殲滅させる作戦なのである。

 ところが、この、ほんの僅か、青丸虫から目を離した間に、事は起きた。

 レミーナがアルテナ様にお参りをしている時、突然南の、青丸虫エリアのある方角から、地鳴りが聞こえてきたのである。
 飛んで帰ったレミーナが目にしたものは、無残にも? 倒されきった、青丸虫たちであった。
 そして村人たちは、村の外へ続く道に向かって、力いっぱい手を振っていた。
「ティオ! 何があったの!」
「レミーナさん! 聞いてください!」
 ティオが、満面の笑みを浮かべながら、子犬のようにレミーナに掛けよってくる。
「聞いてください! レオさんが、来てくれたんです!」
「……誰よ、それ」
「ほら、ボクをヴェーンまで護衛してくれた、アルテナ神団の戦士の人です」
「……知らないわよ」
「で、ほら、ここに来る前に、メリビアで、知人に会ったって言ったでしょ? それ、レオさんなんです。そのとき、カリス村に怪物が出たっていう話を、したんですよ」
「……それで?」
「ついさっき村へ来て、魔法剣で青丸虫をやっつけたんです! それで、ボクに、アルテナ神団のことを村人たちに話す役割を託してくれて、颯爽と去っていったんですよ!」
 リンダオバさんも力説しはじめた。
「いやー、あんなカッコいい戦士は、初めて見たよ。獣人族の若い男でね、剣を振りまわすと、それがビカビカ光って、そうするとそれに合わせて、あたりの小石が舞いあがったんだ。でもって剣を振り下ろしたとたん、石が雨アラレと青丸虫を貫いて、あっというまに全部やっつけちまったんだよ!」
 魔法がありふれたルナでは、魔法を使うからといって、魔法使いとは、限らない。
 少数ながら、生まれながらの魔法を磨き上げ、それを自分の仕事に役立てる者がいる。
 いや、使い道が見つけたなら、自分の魔法=素質に合った仕事を選ぶといっても、いいだろう。
 いわく、風を操る船乗り。
 いわく、味を操る料理人。
 いわく、色を操る染物屋なんていうのもいる。
 様々な魔法を、剣に込めて戦う戦士も、少なくはない。
 レオも、その一人なのだろう。
 だけどレミーナには、そんなことはどうでもよかった。
 レミーナは、集まった村人に向かって、アルテナ神団の偉大さを語り始めたティオをほっといて、村長に尋ねた。
「……こういう場合は、どうなるんです?」
 村長は、ウーンと唸った。
 そのわずかな間に、様々な計算をしたことだけは、確かだろう。
 そして、重々しく、こう言った。
「あなたが倒した青丸虫1匹に対して14シルバー。10匹未満は切り捨てという約束でしたなあ」
「じゃあ、これは……」
 と、レミーナは青丸虫の残骸を指差す。
「数に入れることは、できません」
 レミーナは、大きなため息をついて、空を見上げた。
 ほぼお昼時の青き星は、ほとんど空の色に溶け込んでしまっている。
 リンダオバさんのスゴイスゴイというお喋りと、ティオの熱心な布教を背中に聞きながら、レミーナはもう一度ため息をついた。
 ……あの、ほとんど見えない青き星は、今の魔法ギルドの姿なんだわ。
 そしてレミーナは、3度目のため息をついた。



 で、その後のことである。
 村人たちの中には、一見タダにしか見えない魔法を売るレミーナに反感を抱く者もいたため、村長はレミーナに、最後の最後でレオに持ってかれた分についての報酬を、村費から支払うことは、したくてもできなかった。
 レミーナがいなければ、……青丸虫が一箇所に集められ、しかも寒さと飢えで弱っていなかったら、いかような魔法剣の使い手であっても、青丸虫を一掃することはできなかっただろうと、村長は理解していたからだ。
 だけど魔法剣を使う戦士のカッコ良さに魅せられた村人たちは、報酬を支払相手はあの戦士だと、主張したのである。

「ほんとうに、すまんね」
 村を去る直前、そう言いながら村長は、レミーナにそっと皮袋を渡した。
 シルバーの重みを感じて、レミーナは驚いた。
 そっと覗いてみると、100シルバー硬貨が、ざっと30枚は入っている。
「これは?」
「私のポケットマネーでは、賞金ほどは出せないが……」
 こうやって下手に出られると、思わず遠慮深くなるのが、人間というものである。
「いいえ。如雨露でいくらか稼ぎましたし」
「だけどそれじゃあ、ここまでの旅費ぐらいだろう。受け取っておくれ」
 そして村長は、ちょっと言葉を区切って言った。
「もしまた、何か事件が起きたら、また来てくれるかね?」
 レミーナはニッコリ笑った。
「はい。でもそのときは、契約金と日給で、お願いしますね!」

「ふーん。そんなことがあったわけ」
 と、ラムス。
 カリスからヴェーンへ帰る途中の、メリビアのいつものラムス商会だ。
「約束を守るのは商売の基本だけど、そんなに簡単に引くなんて、レミーナちゃんにしては珍しいね」
「そうはいっても、村長さんの気持ちも、わからないじゃないのよね。村長といっても、ううん、村長だからこそ、村人の意向は無視できないのよ。それにカリスはすでに、ものすごい損害を被ってるの。村の畑の半分が壊滅したのよ。1シルバーでも出すものを惜しまないと、食べていけないわ。それに村長さんが個人で300シルバー出した気持ちも、負担も、わかるしねぇ」
「ふーん。なるほどねえ。それはレミーナちゃんが、ヴェーンの代表じゃなければ、わからないことだと思うよ。だけどティオ君は、アルテナ神団への寄進なり、その神団の戦士が貰うはずの賞金を手にしたんじゃないのかい?」
「それがね、村の人たちはティオのこと、まるっきり私の連れだと思っちゃってるから、全然だったみたいなの。ね」
「はい。ボク、せっかくレオさんがくださった機会まで、無駄にしてしまって……」
 ティオの声は、消え入りそうだ。
 ラムスがいつものように、ニコニコ笑顔でティオの肩をポンポン叩く。
「まあいいじゃないか。怪物退治で神官修行ができたと思えば」
 ティオは、泣きそうな顔で、ラムスを見上げた。
「え? それじゃあ……」
 ラムスは視線で、レミーナに問いかける。
 レミーナは、小さく頷いた。



レミーナのお小遣い帳

 今回の収入
    カリスでの魔法売上  301シルバー
    カリス村長さんから 3000シルバー

 今回の支出
    カリスへの旅費    300シルバー

 今回の収支 プラス3001シルバー
       ※1シルバーは百円前後。