「こういう雰囲気でいいですか」と、確認用に書いた短編。
本編では、主人公のセリフもニキータの登場シーンも無くなっています。
日も傾いてきたけれども、人が住んでいる場所にはたどり着けそうになかったため、少し早いがここで一泊することにした。
そう決めた理由はもう一つ、ちょうど私の小屋を守っているのと同じような樹を見つけたからだ。
この樹の下の枝は充分大きく、そして充分地上からは離れているので、その枝の上で休息を取れば、人を襲うような獣から身を守ることができるだろう。
それに樹の周りにはほどよい日陰ができ、木の葉が落ち、草が生え、草を食む小動物が暮らしている。
私はさっそくウズラを一羽捕まえて、その樹の根元に腰をおちつけ、ウズラをナイフでザッと捌く。
さらに旅の途中で拾っておいた岩塩を砕いてまぶし、その場で見つけた根采と香草を、岩塩のかけらと一緒に腹に押し込み、枝に刺し、集めた落ち葉と小枝で火を焚いて、ウズラをあぶり焼きを作りはじめた。
そのころには日も暮れはじめ、このたき火は遠くからも見えたに、違いない。
やがて私のもとを、来客が訪れた。
ウサギの耳をした笑い猫、あるいは笑い猫の顔をしたウサギは、尋ねもしないうちからニコヤカに自己紹介をすませ、私が応える前にすでにたき火の主のように、私の向かいに座りこんでいた。
「いやあ今晩は冷えそうですニャ。
たき火にあたって交友を深めるのには、ちょうどいい晩ですにゃ。
私はニキータですニャ。
公正な商人、みなさまのスマイリー・ニキータとして、知られていますニャ。
それはウズラのあぶり焼きで?
いやいやこんな晩にはウズラのあぶり焼きは、ぴったりですニャ。
とてもおいしそうに、焼けつつありますニャ」
私があっけに取られて何も応えないでいると、ニキータはちょっと拍子抜けしたようだった。
しばらく私の顔をじろじろ見舞わしてから、親切そうにこう言った。
「こういう時は、『おひとついかがですか』といって料理を薦めるのが、社交辞令というものですニャ。
いや、あなたが礼儀を知らないとは、言いませんニャ。
私とて商売人ですニャ。
タダで何かをいただこうとは、思っていませんニャ。
ここで会ったのも、何かの縁ですニャ。
とっても役に立つレアなアイテムと、交換といきますニャ。
あなたはとてつもなく、運がいいですニャ」
そう行ってニキータは、小さな紙を丁重に折り畳んで作った包みを開き、その中にある小さなタネを、さも大切そうに私に見せた。
私は、交換でなくともウズラを半分ほどご馳走するつもりだったし、それにいくら私が商売というものに疎いとしても、いくらそのタネが貴重だったとしても、ウズラとタネの交換が、公平であるようには思えなかった。
どうやらそれが、顔に出たらしい。
「これが特別なタネ、とは言わないですニャ。
そんな人を騙すようなことは、スマイリー・ニキータの名にかけて、しませんニャ。
あなたは旅人ですニャ?
各地でその土地の果物を、味わいますニャ。
それを持ち帰りたいと思いますニャ。
だけど生の果物なんか、食べたらおしまいですニャ。
持ち歩けばかさばるニャ。そのうち腐ってしまいますニャ。
だけどタネなら、かさばらないですニャ。
長旅でも腐らないですニャ。
だから家に帰ったら庭に植えられますニャ。
旅人には、それが一番大切なのですニャ。
これをここで、たった一羽のウズラと交換できるなんて、あなた幸運ですニャ」
そしてニキータは、そのタネの包みを、私の方へグイと突き出してきた。
私はそれもそうだと思い、そのタネに興味を持ちはじめていた。
それ以上にそのニキータの強引さに、反射的にタネを受け取りそうにもなった。
が、私はニキータが、このタネとウズラ全部を交換だと言ったことに、辛うじて気がついた。
暗くなった今から、代りの食料を見つけるのは難しい。
私は出しかけた手を引っ込めて、こう言った。
「残念だけれども、その交換には応じられない。
今ウズラを手放したら、私は食べるものが、なくなってしまうから」
ニキータは、ニコニコ顔で頷いて、こう言った。
「だったら、三百ルクで売ってあげるニャ。破格の値段ニャ」
私は静かに、首を横に振った。
コインはあるが、三百ルクは持っていなかったからだ。
だけれどもニキータは、そうは思わなかったらしい。
「あんた、こんな儲け話を蹴るなんて、どうかしてるニャ。
そのウズラは、食べてしまえばおしまいニャ。
タネは、植えておけば毎年たくさんの果物がなるニャ。
そしたら食べ放題ニャ。
その上果物を売れば、あっというまに三百ルクなんて、とりかえせるニャ」
ニキータはそれでも私にタネを売りつけようとしたが、私は買うことはできないが、ウズラ半分ならご馳走しようと答えた。
ニキータは、どうやら私の返答を誤解したようだ。
肩をすくめてこう言ったのだ。
「お客さん、商売上手ニャ。
タネとウズラ半分、交換するニャ」
ウズラはちょうどよく焼けたところだったし、私は空腹だったので、ニキータの誤解を解くのも面倒になり、タネ一粒を受けとって、ウズラを半分差し出した。
その晩は二人とも樹の枝の上で眠り、翌朝気づいた時にはもうニキータの姿は、消えていた。
私は旅を続け、その日の昼には人里にたどり着いた。
最初に目についたのは、「フルーツショップ・メイメイ」という看板だ。
その店には確かに初めて見る果物が多数並んでいて、ひどく興味をそそられた。
ニキータの、旅人と果物の関係についての話が、耳に残っていたせいもあるだろう。
1つ1ルクと手ごろだったこともあり、さっそく買って食べてみた。
それは珍しいだけでなく、大変おいしくもあった。
けれどもその果物を半分も食べないうちに、私は笑い出してしまった。
昨日ニキータから手に入れたのと同じタネが、少なくとも三十以上、その果物の中につまっていたからである。