(C)hosoe hiromi 細江ひろみ
◆細江の趣味 > ◆暴れん坊プリンセス

題未定未完成

暴れん坊プリンセスは、各巻に本編に+外伝を収録するはずだったのですが、3巻の本編が長くなってしまったために、外伝はなしになりました。その書きかけです。


「そんなに私が気に入らないのでしたら、わかりました! 実家に帰らせていただきます!」
「ああ帰れ帰れ、もう戻ってくるな!」
 ヘンリー王の額に、大きな金ダライが思いっきりぶち当たり、い~音があたりに響く。
 なまじの金ダライではない。このためだけに作られた、特別製の重量のあるヤツだ。
 しかし漢ヘンリー、ナニもなかったような顔をして、そっぽを向いた。
 その背中で、王妃ジャスミンが、手当たり次第自分のドレスを旅行カバンに突っ込んでいる。
「また、ですかぁ?」
 呆れ顔で入ってきたのは、二人の養子である、フィル王子。
 ジャスミンは、フィルの頭をしっかと抱いた。
「フィル~。お父様が私に、出ていけって言うの~」
「フィル! 母さんが自分で、出てくといったんだ!」
 相思相愛で結婚したはずの、ヘンリー王とジャスミン王妃。
 まったく血の繋がりのないフィルを養子にして王位を継がせ、自分たちは子を作らないと言い出したのは、ヘンリー王のはずである。
 ジャスミンの方も、実は訳あって子を成せない身体とヘンリーに語り、そうした事情を知った上で始まった、結婚生活。
 なのに、盛大な結婚式のその夜のうちに、ベッドの上で大喧嘩。
 ジャスミンは怒って、翌朝結婚式に出席するためにやってきていた、シルバーベル女王ルージュの船、プリンセス・ルージュ号に閉じこもって、女王と共に帰ってしまった。
 それをヘンリーが追いかけて、頭を下げて連れ帰ったはいいものの、その後三月に一度の割合で二人は同じことを繰り返し、二人のいつもの騒動など犬も喰わなくなっている。
 かといって、義理であろうと息子のフィルとしては、心を痛めぬハズがない。
「フィル、元気でね。たまにはシルバーベルに、遊びに来るのよ」
 と、ジャスミンは、フィルの頬に軽くチュッとすると、ヘンリー王の方にはこれ見よがしに、フン! と鼻息荒くそっぽを向いて、あっというまに部屋を飛び出していった。
「父上、いったい全体、毎度の喧嘩の理由は、ナンなんですか?
 そろそろ教えてくださっても、いいでしょう」
 ジャスミンは、結婚前は隣国シルバーベルの、王宮警備隊長まで勤めただけあって、腕っ節の方もなかなかのもの。
 ヘンリーだって武王と知られる方だけど、女に手出しはできはせぬと、夫婦喧嘩になると、アザとコブと引掻き傷を作るのは、一方的に彼の方である。
 といっても、彼を裏切った前妻については、殺してやろうとまで決心したことのある人だから、ジャスミン王妃に手を出せないのは、まだまだ惚れている証拠。
 そのあたりまでは、フィルにもわかる。
 ルージュ女王と、そのケンカ友達のミュウ族のココ(今じゃ彼女も、女性領主だ)のように、ケンカをするほど仲がいい……といえるんだろうか?
「子供は知らんでいいことだ! 子供の出る幕じゃない!」
 ヘンリー王が、むくれて答えないのも、いつものこと。
 一方、子供と言われたフィルは、肩を大げさにすくめて見せる。
「子供子供って、ボクのことは、ずいぶん前に大人と認めてくださったハズですが?」
 フィルの才能を持ってすれば、ヘンリー王とジャスミン王妃のケンカの原因を探るなど、容易いことのはずである。
 けれどもフィルは、なんだかバカバカしい理由を見せつけられるような気が半分、知っても理解できないことのような気が半分で、本気で知りたいわけではない。
 それでも一応尋ねるのは、社交辞令のようなもの。
「フン! 親子となったからには、幾つになっても子供は子供だ」
「はいはい。ではボクは子供らしく、ママについていくことにいたします。
 ディスクワークは、ご自分でどうぞ」
「おい! フィル! ちょっと待て!」
 叫ぶカール王に背を向けて、フィル王子はジャスミン王妃を追って、港に向かった。

***

 プリンセス・ルージュⅡ世号。
 シルバーベルが所有する、二隻目の交易船である。
 ルージュ女王がシルバーベルを、交易立国にしようと決めたのは、まだ彼女が王女だったころの話。船の名前は、その時すでに決まっていた。
 前ディアナ女王は、なにせ十年、石になって時を止めていたせいもあり、まだまだ引退して隠居するような歳でも、隠居していられるような性格でもない。
 その母に国を任せて、ルージュは船に乗って世界に飛び出した。
 はた迷惑な、話である。
 ……もとい……。
 ちなみにⅡ号というのは、一隻目は処女航海の三日目に、季節外れの巨大流氷に衝突し、船員たちがまだこの新造船の扱いに慣れていないこともあり、あっというまに沈没したからだ。
 とは表向き。ホントはルージュ女王が暴れたせい、という噂もある。
 ……再び、もとい……。
 ほとんど壊滅状態になった都も、トゥーリアの援助とフィルの設計で、見違えるほど見事に再建された。
 ライライの身体なんていう厄介なものはないけれど、対魔物仕様は以前と同じ。
 その上、大水車と新しく造られた堤の水位調整機能を連動させることにより、拡張された水路に、大型船が直接乗り入れられるという、水上都市に生まれ変わったのである。
 ただ、その途中でさすがにヘンリー王の十倍返しの援助も終わり、今は借金する身となった。
 といっても金額の面だけ言ったら、すでに百倍どころか千倍ぐらいは返してもらっているし、タカリっぱなしで借りを作るのは、面白くないというわけだ。
 けれど交易は、最初の船が沈んだ以外は快調な滑り出し。
 今では数カ国を巡回しながら、それぞれの地元では安いけれども他国では高値が付き、なおかつ個々は酷くは嵩張らない、という品を中心に扱っている。
 全てが順調にいけば、一巡ごとに財産は三倍四倍。船を増やして護衛船もつけ、交易船団を組む計画を立てている。
 で、そのプリンセス・ルージュⅡ世号は今、トゥーリアの軍艦だらけの港の中で、体育会系の男たちを圧倒する貴婦人のごとき存在感を、意味なくムダに撒き散らしていた。

「やっほー! フィル! 元気してた?」
 フィルが港に到着する前に、その頭に取りついて、彼のトレードマークとなっている大きな帽子をグリグリしたのは、隣国からやってきたルージュ女王。
 いつもの幼馴染というか、親衛隊というか、巷の噂を信じるならば、愛人二人も、ちゃんと後ろに控えさせている。
「うわわわわ! ルージュ女王! どうしてここに!」
 聞くまでもない。プリンセス・ルージュⅡ世号が、入航したからだ。
 挨拶がわりのグリグリとはいえ、隣国の女王が王子にグリグリしたら、外交問題に発展しそうなものである。
「シャラくさ~い! 船から降りたとたんに向こうから、ジャスミンが走って来るから事情を聞けば案の定、またヘンリー王とケンカしたって言うじゃない!
 ジャスミンを幸せにするっていう漢の約束破るほど、ヘンリー王のケツの穴は小さいのか! って、ヤキを入れにお城に行くとこよ!」
 当のジャスミン王妃もいて、あらら困っちゃったわ、と嬉しハズカシ微笑んでいる。
 ただし、ナンに対して嬉しいのか恥ずかしいのかは、傍目にはよくわからない。
 たぶん、夫婦ゲンカと、ルージュとフィルが自分を心配して来てくれたことと、ルージュがフィルをトゥーリア国内の往来でグリグリしたことと、久しぶりにルージュの啖呵が聞けたことと、その口の悪さと……以下省略。
「ヤキ? ですかぁ?
 まあ、そうですね。そろそろ一度本格的に、揺さぶっても、いいかもしれませんね。
 父上も、母上のことになると今一つ態度がはっきりしませんし、母上もケンカの原因を、教えはてくださらないんですよ」
「子供ォ! 男と女の関係を、息子に話せる親なんて、そうそういるわけないでしょが!」
「でも、ルージュ様は、女と女の関係ですから、夫婦ゲンカの原因もご存知なんでしょ?」
「子供が親の夫婦関係に、首を突っ込むものじゃないわよ。
 たとえあんたが、もうお子様じゃないとしてもね!」
 ルージュ女王は帽子の上から頭を、力一杯グリグリする。
 フィルは、シオンとアッシュをチラリと見て、ハァと大きくため息をつく。
「いいえ、ことさらその点については、ボクはまだまだ子供だと認めますよ。
 まったく魔術や政治に比べて、恋愛はどう扱ったらいいのかの、手がかりすらつかめません」
 とたんにルージュがニーッっと笑い、頬をフィルの頬に近づけて、横目で見る。
「な~んちゃってぇ!
 フィル王子の浮名は、あたしの耳まで届いてるわよ。
 何十人もの女の子を、手玉に取ってるっていうじゃないのぉ!」
 なにせトゥーリアという大国の、唯一の王位継承権を持った王子となってから、結婚適齢期になる前から、いい寄る娘と持ち込まれる見合い話は、うなぎ登り。適齢期に差しかかった今では、雨アラレのごとし。
 恋愛ゴッコは退屈なだけでしかないのだけれども、政治も高度なゲームと心得るフィルとしては、それらを無碍にもできかねる。
 しかも、恋の駆け引きというだけあって、フィルがゲームとして扱う恋愛関係、こちらを立てながら、あちらも立てて、不義理をしないようソツなくやっているうちに、フィルの身の回りは、いつのまにやらニギヤカだ。
 普通は、これを羨ましいというはずだけれど、フィルにはこのゲーム、面白いとは思えない。
 それに、義理の両親や、このルージュ女王を見ていると、バカバカしくもなってくる。
 なにせヘンリー王の方は、一度目は略奪結婚。二度目はルージュ女王の気風が気に入ったとはいえ、高度な政治的判断で、彼女に求婚したくせに、見合いにいったその足で、ジャスミン王妃と出会って一目惚れ。相思相愛で結婚したくせに、夫婦ケンカばかりしている。
 そしてルージュ女王の方は、愛人と自他共に認める幼馴染の二人を、常に引き連れているくせに、別にいい男が現れたら、いつでもそいつと結婚すると豪語して、見合いやデートもしているそうだ。
 もっとも今もそうなのだけど、見合いやデートの時でも、その愛人二人はルージュ女王の両脇わずかに後ろを固め、一人はノホホンにこにこと、一人は不敵にニヤリと笑って相手を見ているそうである。
 いったい、この五人の真意がどこにあるのか、フィル王子にはわからない。
 けれどわかっているのは、誰に嫌われることなど恐れず、世間の評判も気にせず、自分の望むところを追求する、その態度が自分と違うということだ。
 フィルにはまだ、そうまでして実現したいという望みがない。
 孤児院を作るとか、働く親の支援だとか、学校(普通のと魔法のと両方)を作るとかのやりたいことは、夢というより今のフィルには、こなして行くべき実務に近い。
 ハァ~。
「なにシケた顔してため息ついてんのよ」
「あ、いえ、いつかボクも、恋をすれば、変わるんでしょうか?」
 ルージュ女王の質問に、ついマジで答えてしまう、フィル王子。
 やっぱりというか、たちまちルージュにドヤしつけられた。
「シャラくさ~い!
 運命の相手を、自分で探そうともしないで、恋ができるもんですか!
 どーせあんたのことだから、ヒマさえあれば机に向かってるか、『王子』に言い寄って来る相手を、適当にあしらってるだけなんでしょ!」
「あはは、ズボシです。
 今思いついたんですが、もう面倒なんで、いっそルージュ女王に求婚しようかと」
「は?」
 このルージュ女王に、不意打ちを食わせたことが、フィル王子には単純に嬉しいようだ。
「父息子二代続けて、同じ女性に求婚するのも、話のタネとしては面白いでしょう」
 チラリと横目で二人を見ると、シオンはやっぱりノホホン顔、アッシュはやっぱり不敵な笑顔で、引きつっている。
 フィル王子は、ニッコリ無害そうな笑顔を浮かべて、言葉を継ぎ足す。
「それに、シオンさんやアッシュさんが、ちょっとは焦るかもしれません」
「子供ォ、生意気言うようになったわね。
 それでもし、あたしが受けちゃったら、どーするつもりよ」
「ルージュ様がボクに飽きるか、どなたかに心を決めたら、いつでも喜んで離婚しますよ」
「シャラくさ~い! だーれが『他の女の子と付き合うのが面倒』なんて理由で求婚するヤツと、結婚なんかするもんですか。
 まったく、ちょっと見ない間に、性格ひねくれたんじゃない?」
 フィルは満足げに、ニッコリ笑ってこう言った。
「そりゃあもう、みなさんに揉まれましたから」
 かつての謝りボウズは、今や立派に成長したようだ。

***

 ナニがナニやら、結局ルージュのヤキは通用せず、プリンセス・ルージュ二世号は、ジャスミンとフィルを乗せて出航した。
 そしてルージュたちは、母港シルバーベルに到着草々、船を降りてノルデ湖のほとりのミュウ族の城に向かう。
 銀の仕入れが目的だけれども、

 ここでFAXが到着しました。
 用件をまとめると、「本編ラストを(外伝を入れるために分量を増やして)盛り上げるためなら、外伝もエピローグも要らず」

 というわけで、おしまいです。 細江ひろみ